なってみなければわからない

そうなってみなければわからない、ということは、そうなってみなければわからないものなのでしょう。
最近、JRや東京メトロの駅でトイレに入ろうとすると、「右側が男性トイレです。左側に5メートル進むと女性トイレです」といったアナウンスが流れています。これが視覚障害者のためのものであることは容易に気がつきますが、それが、対象とする人たちにとって、どれほど必要なものなのか、健常人にはなかなか理解できません。
友人に、ある企業で広報部長をなさっていた方がおられます。退職されてから、眼の難病にかかり、最近は白杖を持って外出されるようになりました。
その方によれば、女性トイレに入ってしまうことはしばしばあることなのだそうです。とくに白杖を持っていないときは、ヘンなオジサンと間違えられるので、このアナウンスはとてもありがたいとおっしゃいます。なってみなければわからないものです。
先日、この方と横浜の町を歩いていました。突然の大雨は通り過ぎたものの、まだポツポツと雨粒が落ちていました。夜道はとくに見えにくいそうなので、「ここに段差がありますよ」とか「左へ曲がりましょう」などと横から声をかけていたのですが、突然背中から怒鳴られました。
「狭い歩道を横に広がって歩いているんじゃねえよ!」
みると短パンにモジャモジャ頭のオトコが乳母車を押しています。子どもが雨に濡れないように先を急いでいるのでしょう。道を譲ったものの少々腹が立ったので、「目の見えない人が歩いているんだ。白い杖が見えないのか」と言い返しました。オトコは振り返りましたが、状況がよく呑み込めないふうでした。数メートル遅れて歩いていた奥さんが追いついて、「目が見えないんだってさあ」とオトコに伝えましたが、それっきり。乳母車を押して去って行きました。
「こういうことはよくあること。そういうときは、心の中で『南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏』と唱えているんです」
友人は、静かにつぶやきました。  〈kimi〉

「脱腸外科医のドキュメント」

小児外科の認定医は昨年の統計で596名。小児の手術は、外科の中でも特殊な領域で、トレーニングを受けた医師でなければ難しい領域と言われています。それだけに、深刻な医師不足の状態が続いているのだそうです。
その小児外科の分野を石川県で初めて開拓したのが、元石川県立病院診療部長の浅野周二さん。それだけでも大した業績なのですが、そのほかにも県のサッカー協会の副会長とかEU協会会長といった公職を務められる県の名士でもあります。またこの方、並々ならぬ健筆家で、すでに数え切れないほどの本を出版されています。どうしてそんなに書けるのか・・・このところすっかりこのブログを怠けている私には、驚異としか言いようがありません。ま、穿った見方をするならば、泣く子と地頭とアマチュア文筆家には勝てないといったところでしょうか。
その浅野さんから近著をお送りいただきましたので、ご紹介させていただきます。この10年ほどの間に、讀賣新聞石川県版や北陸中日新聞などに連載されたエッセイなどをまとめられたもたものです。
脱腸外科医のドキュメント
「脱腸外科医のドキュメント」 叢文社刊 1500円

本の帯にいわく「まじめ調やらふざけ節! これ学者向け? 庶民向け? 有益無益ごっちゃまぜ」。これに加える感想はありません。〈kimi〉