今度一度・・・

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決して律儀な人間ではありませんが、一つ心がけていることがあります。
「一度ご一緒に・・・」
極めてあいまいな表現ですが、ビジネス社会にどっぷり身を置いている人たちには、
「近いうちに食事の機会を持ちましょう」あるいは「一杯やりましょう」という意味だとすぐ理解できます。
ただ飲み食いするだけではなく、お互いが持っている有用な情報を交換しましょうとか、仕事のやりとりができる可能性を探りましょうなどという含みもあります。もちろん利害に関係なく気の合う相手と楽しく一夜を過ごそうというお誘いであることも少なくありませんが。
ところがこの言葉は一種の外交辞令でもあって、実行に移されることがなくてもお互い目くじらを立てないという暗黙の諒解が成立しています。「じゃあ、また(もし機会があればでですが、お目にかかることもあるでしょう)」とほぼ同義です。
心がけているというのは、これを「外交辞令」にしないことです。自分から言葉をかけたら必ず実行する。それをここ何年かほぼ完遂しています。
となるといい加減なことは言えません。面白くなさそうな人、利害に関係ない人、気に入らない人などには絶対に声をかけません。極めて多忙であったり、エラ過ぎてこちらが相手にしてもらえそうにない人にも言いません。相手との距離感をより明確に認識する習慣ができたのは収穫でした。
相手の方から「今度一度」などと言われたときにどう対応するかも考えておく必要があります。この場合は受け身ですから、誘われるまでこちらからアクションを起こすことはまずありません。本気なのか外交辞令なのか妙に気になりますが、じっと待ちます。これまでのところ9割方は外交辞令であることが判明しました。気にするだけ損というものです。これももう一つの収穫と言えるかもしれません。〈kimi〉

理想的社員

東芝の「不正会計」に関する第三者委員会の報告を読みながら、四半世紀前に入社した会社のことを思い出しました。
その会社は当時、毎年の決算発表時に過大な業績予想を発表することで市場に知られていました。実現不能な数字ですから年度内に下方修正せざるを得ず、ウソつき会社という有り難くないニックネームまでつけられてしまいました。
当時の社内の状況はどうであったかと言えば、強いカリスマ性を持つ経営者が「来年はこのくらいはできるじゃろう」と数字を示すのに対して役員以下、誰一人として異議をはさむことができませんでした。「無理でしょう」などと言えば、「オマエはやる気がないのか」と左遷、降格、退社を覚悟しなければなりません。
しかし、できないものはできません。期が進むにしたがって実態が数字に表れ、下方修正せざるを得なくなります。いまから思えば、よくぞ粉飾決算に手を染めなかったものだと変な感心をしてしまいました。表面化することはもとより社内で噂さえありませんでした。まだまだ、かわいいウソつきだったようです。
そういう経験をしていると東芝社内の雰囲気がなんとなく想像できます。社員の胸にわだかまるあのくら~い気持。考えるのもいやになります。
芥川龍之介の『侏儒の言葉』に「兵卒」という項があります。
「理想的兵卒は苟(いやし)くも上官の命令には絶対に服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に批判を加えぬことである。即ち理想的兵卒はまず理性を失わなければならぬ。

理想的兵卒は苟くも上官の命令には絶対に服従しなければならぬ。絶対に服従することは絶対に責任を負わぬことである。即ち理想的兵卒はまず無責任を好まなければならぬ。」
〈kimi〉