仕事に役立つかと考えてFacebookに入って何年になるでしょうか。ちっとも役立たないとわかってから、もっぱら親しい人たちとの交流に限定して使っていますが、それでも少しずつ「友達」の数が増えてきます。
知り合いの意外な一面が書き込みからわかったりするのは、Facebookのいいところでしょう。最近「友達」になったご高齢の紳士たちが、尊敬に値する見識とインテリジェンスの持ち主であることがわかったときは、ちょっと得した気分になりました。
そのような「友達」の中に、驚くほどの頻度でコメント(近況)をアップしている人たちがいます。「この人、いつ仕事をしているの?」と意地悪な疑問さえ感じるほどです。
薬業界の周辺情報をせっせとシェアしてくださる方がいたり、お子さんのためにお父さんがつくるお弁当を毎日紹介してくださる方、ご親族を亡くされて、ご葬儀からその後の面倒な諸手続まで、ほぼリアルタイムでご報告された方もいます。読んでいるうちに、こちらも思わず「南無阿弥陀仏」の心境になってしまいました。
そのような人たちには、ある種の共通点があるような気がします。
主張したいことや個人的な「思い」をたくさん持っていらっしゃるということです。しかし、それらを発表する場は多くありません。それでFacebookを利用しておられるのでしょう。それもFacebookの存在価値の一つなのかもしれません。
印刷媒体でそれらを表明する場合より、ずっと個人的な内容が書き込まれる点も特徴的です。読んでいるうちに「おセンチ」という単語が頭に浮かんで来ました。センチメンタルの略です。死語となって久しい昔々の流行語ですが、感傷的と言うとちょっと強すぎるときに使われていたかと思います。
まことに失礼ながら、熱心に書き込みをしているあの方この方を思い浮かべながら、おセンチな人たちなんだなあ、と密かに納得してしまいました。人間関係にどこか飢えている方々なのかもしれません。
たまには有益な情報もいただいていますから、それらの書き込みにはそれなりの価値は認めてはおりますが。〈kimi〉