ある読書家への返信

○○○○○様

メール、ありがとうございました。
お読みになったという山崎努さんの「柔らかな犀の角―山崎努の読書日記」は、たしかに面白そうですね。この夏に連載されていた日経新聞「私の履歴書」もとんでもなく面白かった。彼は天性の文章書きですね。
さて、こちらは先週の金曜日から熱を出しまして、翌日には38度を超えました。これはやられたなと思いましたが、PCR検査が陰性ということでコロナではありませんでした。それでも二日ほど病臥していました。その間に読んでいたのは、最近文庫本になった池井戸潤さんの「ノーサイド・ゲーム」です。
ビジネスマンが低迷するラグビー部の再建を任されるというストーリーと広告にありました。あの作家の小説はどれも面白く、長く会社勤めを経験した人間にはリアリティが半端ないのですが、一方で、読む前になんとなく筋立てが想像できるようでもあり、スルーすることも少なくありませんでした。
ただ、この小説の主人公が君嶋という名前なのです。「島」の字が旧字の「嶋」であるところが、私と異なっていますが、キミシマには違いありません。
実際に読んでみると、半沢直樹の焼き直しみたいなシーンがあったりして、そのあたりは予想通りでした。そこに例によって、主人公が取締役会で対決する場面が出てきます。そして敵対する役員から
「・・・・・、君嶋!」
などと叱責されます。小説中の会話であっても、「キミシマ!」と名指しされるのを読むたびに、自分が怒鳴られたかのようにドキッとしまうのです。キミシマという苗字が比較的少なく、これまで同姓の方と遭遇する機会が少なかったという事情もあります。しかし、かつて勤め先の取締役会で報告などをしたときの情景や緊張が反射的に蘇ってくるようなのです。勤め先の会社では呼び捨てにされることはありませんでしたが、説教のような厳しいご意見をいただいた経験は何度もあります。それがトラウマになって意識の底に沈殿しているようです。
フランスの詩人ギヨーム・アポリネールは、第一次世界大戦の終結を喜ぶ群衆の「くたばれ、ギヨーム!」という叫びを死の床で聞いて、自分が罵倒されていると思い込んでしまったと伝えられています。群衆が叫んでいた「ギヨーム」とは、ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世のフランス風の呼び名だそうです。
名前って思いのほか自意識と深く結びついているのですね。


┏┏┏ 君島邦雄
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