色白は百難隠す

土曜日は、秋から兼任講師をする予定のビジネススクールで、学生たちのプレゼンテーションを講評する役目を仰せつかりました。
アナリスト・機関投資家向けの会社説明会用のプレゼンをつくって発表せよ、というのが課題です。この日は90分間に4組が発表し、それぞれ質疑を行ったので、講評に使えた時間はわずか10分間ほど。十分にお話できず残念でしたが、その分は秋からじっくり時間をかけてやるつもりです。
その学生たちのプレゼンの中に、すばらしく美しいパワーポイントスライドがありました。多くの日本企業の会社・決算説明会の資料を見て来ましたが、これほどの水準のものは目にしたことがありません。世界で最初にIRを始めた企業とも言われるGEのソフィスティケートされたスライド資料を、ビジュアル面では凌ぐのではないか、とさえ思いました。
「この資料の仕上げをした人は誰ですか?」
と教室を見回したら、隅の方にいた太目の男性がオズオズと手を挙げました。
「デザインの勉強をしたことがあるのですか?」
「デザイン会社を経営しております」
な~んだ、そういうことか。これが社会人が学ぶビジネススクールの面白いところなんでしょう。
色白は百難隠すなどと言いますが、美しいスライドは内容の問題点をカバーする効用があります。講師がこんなことを言ってはいけませんが、このグループの発表にはつい甘めの評価をしてしまいました。
秋からの講義に私が使うスライドも、もう少しブラッシュアップしなければならないなあ。少々プレッシャーも感じてしまいました。やれやれ。〈kimi〉

企業の側からIRを

先月の終わりから今月の初めにかけての3週間にレクチャーが6回。テーマはパブリックリレーションズ、IR、社内広報といろいろで、さらに「BtoB企業のブランディングにおける広報」という一ひねりしたお題も頂戴したので、頭の中がタコ足配線のようになってしまいました。
「広報概論」とか「広報マネジメント」といったテーマでは、過去に何回もレクチャーしていますから、前回と同じパワーポイントを使って無難にまとめることもできないではありませんが、それではどうも気合いが入りません。受講者のみなさまにも失礼でしょう。かと言って同じテーマで全く異なった内容というわけにも行きません。このあたりがなんとも悩ましい。そこで一つでも二つでも、新しい試みやコンテンンツを組み込もうと頭を絞ることになります。
一山越えて、この週末は少しのんびりしましたが、来年の2月には、まる1日をいただいて、IRの初歩の初歩からお話をしようというセミナーが控えています。
これまでいろいろと開催されてきたIRのセミナーには一つの特徴があります。それは市場の側の人たちが講師として、事業会社(発行体)側のIR担当者を教えるというパターンが多いということです。
企業の人間は金融マーケットを知りません。だから市場の側の人の話を聞いて勉強する。それは間違っているわけではありません。しかし、アナリストや投資銀行(今回の経済危機でその存在が危ぶまれていますが)のスペシャリストやファンドマネージャーや公認会計士や証券ジャーナリストといった市場側の人たちは、企業の内部でどのようにIRが「つくられているか」を知りません。彼らが日常使い慣れている金融・証券用語は、一般企業では一部の社員を除いてほとんど使われることがありません。初めてIRを担当する方が、そのような特殊な世界に身を置く講師の話を聞いても十分に理解できるはずがありません。
そんなことで私に講師の白羽の矢が立ったようです。企業のIR担当者が事例や体験を発表することはありましたが、企業の側に立ってIRの基本から教えるというのは、あまり例のないことでしょう。挑戦し甲斐があるとも言えます。
というわけで、せっかくのんびりしたのもつかの間、これからしばらく頭の中をIR一本にして、もう一度自分自身の中にIRを基礎から積み上げ直すつもりです。

発行体も発言を

このところ続けざまに、IRに関する勉強会やセミナーへのスピーカーとしての出席依頼をいただきました。
現役のIR担当者は話にくいようだから実務を卒業したばかりの人間を探そう、というコンセプトに私が見事に当てはまってしまったようです。
現役のみなさんがお断りになる最大の理由は、会社が認めないということではないでしょうか。できるだけボロを出さないようにIRをやっているのに、そんな場に引き出されてポロっと露見してしまったら大変。出席しても明らかな利益が見込めず、リスクだけ負うのでは間尺に合わないとお考えになるのだろうと想像します。それも理解できないではありませんが、少々情けない気もします。
私はバリバリの現役のときから、いろいろなIR関係の集まりやセミナーでお話をしてきました。企業秘密はもちろん、勤め先の生々しい裏話などもできません。いくら面白くても経営者や社員の名誉に関わる話もできません。そこがちょっぴり残念ではあったのですが、そんなことを話さなくても、事業会社(発行体)のIR担当者としての経験や考え方を率直に申し上げるのは、それなりに価値があると信じておりました。
証券市場のプレーヤーとしては投資家、証券会社、そして発行体があり、それらを支えるものとして取引所や監視機関や行政、さらに法曹界などがあるわけですが、この数年次々に導入されて来たさまざまなルールの制定過程では、発行体の声が一番小さいと感じられてなりませんでした。発行体における不祥事が次々に明るみに出て、大きな声でものが言えなくなったということもあるのでしょうが、それなら証券会社だってファンドだって同じこと。問題は、一般に発行体のIR担当者における専門性が、他に比較して浅いというところにあるような気がします。
私とて胸を張って専門性をウンヌンできる立場にはありませんが、IRの第一線で日々アナリストや投資家のみなさまと丁々発止をやっていれば、それなりに言いたいことは出てきます。それだけでも発言する意味があると考えておりました。現状のような状態が続けば、発行体にとってさらに負担が増えるような気がします。もっともっと発言をされたらいかがでしょうか、と現役の方々にはお勧めしたいところです。
さて、私がそのIRの現場を離れて約半年。10年以上もやってきたことですから、そう簡単には忘れはしませんが、生々しさはだいぶ薄れてきました。どんなお話をしたらよいか、フィルムを巻き戻して(この比喩はもう古い)、ここはじっくり考えなければなりません。企業を離れたからと言って、うかつな裏話ができないのは、いまも変りはありませんが。