さらさら読みたい

このところ、広告の世界で名の知られたある方のご著書を読んでいました。長く広告関係の団体の要職にも就かれていた先達で、私にとっても広告のイロハを教えていただいた恩人の一人でもあります。それだけに、いまの広告界への警鐘とも言える提言の多くが「そうだそうだ」と共感できるものでありました。
そのように実にすばらしい内容ではあるのですが、読む通すのには少々手こずってしまいました。
著者はコピーライターのご出身。もとより文章は下手ではありません。ハッとさせられる言葉遣いの数々にご経歴の片鱗が見られ、感心することしきりでありました。しかし、読み進むうちに、そのきらめく言葉遣いに少しずつ疲労感を覚えてしまったのでした。その卓抜な言い回しにいちいち思考が引っかかってしまって、すんなり読めないのです。
コピーライターはキャッチフレーズが勝負。アトラクティブな言葉の選択に頭を絞ります。それを受けてボディコピーでは、伝えるべき要素を短く的確に完結させなければなりません。それがコピーの作法です。しかし、そのように書かれた文章を一冊の書籍として連続で読むとなると、これがつらい。次から次に小さな山がやってきて、それを登り下りしているうちに体力を消耗してしまうと言えばわかっていただけるでしょうか。
ステーキに天ぷら、すきやきに鮟鱇鍋、さらには”比内鶏むね肉のソテーのピューレと森のきのこ 粒マスタードソース”、その次には”仔羊のロースト フヌイユフォンダン添え”、またその次には”平目のロースト 魚介とアーティーチョーク ソースピストゥ”などなど。このようなコッテリとした豪華料理を毎日食べ続ければ、さすがに食傷するというもの。やはり、真鰺の開きに豆腐の味噌汁、納豆にご飯の朝食で、昼はせいぜいおごって鴨南蛮、夜はぶりの照り焼きに風呂吹き大根、少々のサラダになめこ汁、お茶漬けさらさらなんて食事の方が長続きはするというもの。同様に、さらさらと最後まで読み通せる一冊には、コピーライティングとは異なる書籍の文章の作法が存在するようです。
短編小説と長編小説の技法はまったく異なるのだそうです。短距離ランナーとマラソンランナーの違いのようなものかもしれません。文章のうまい下手とはまた別の問題なのでしょうね、きっと。〈kimi〉

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