よい新年をお迎えください

CocoKnotsを6月に創業して、初めての年末を迎えました
とてつもない経済危機の中にありながら、お陰様で無事に年を越すことができそうです。ご挨拶を大晦日のブログに書こうと考えておりましたが、それでは年内にお読みいただくことができません。中途半端な本日ではございますが、年末に当たって、これまでご支援ご協力をいただきました皆様へ厚くお礼を申し上げます。また、このブログをお読みいただいている皆様にもお礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
この半年間、私たちCocoKnotsは試行錯誤の連続でした。あまりにも生々しいので、その中味は控えさせていただきますが、びっくりしたり驚いたり(同じかな?)、ぬか喜びしたりがっかりしたり(情けない!)したことがたくさんありました。しかし、そのどれもがエキサイティングでした。とても楽しめました。
来年はさらにエキサイティングな仕事ができるといいなあと思っております。皆様の一層のご支援をお願い申し上げます。
今年もまだ10日近くを残しています。もう何回かブログも書きますし、浄しこの夜もこれからですが、一先ず年末のご挨拶とさせていただきます。よい新年をお迎えください。

企業の側からIRを

先月の終わりから今月の初めにかけての3週間にレクチャーが6回。テーマはパブリックリレーションズ、IR、社内広報といろいろで、さらに「BtoB企業のブランディングにおける広報」という一ひねりしたお題も頂戴したので、頭の中がタコ足配線のようになってしまいました。
「広報概論」とか「広報マネジメント」といったテーマでは、過去に何回もレクチャーしていますから、前回と同じパワーポイントを使って無難にまとめることもできないではありませんが、それではどうも気合いが入りません。受講者のみなさまにも失礼でしょう。かと言って同じテーマで全く異なった内容というわけにも行きません。このあたりがなんとも悩ましい。そこで一つでも二つでも、新しい試みやコンテンンツを組み込もうと頭を絞ることになります。
一山越えて、この週末は少しのんびりしましたが、来年の2月には、まる1日をいただいて、IRの初歩の初歩からお話をしようというセミナーが控えています。
これまでいろいろと開催されてきたIRのセミナーには一つの特徴があります。それは市場の側の人たちが講師として、事業会社(発行体)側のIR担当者を教えるというパターンが多いということです。
企業の人間は金融マーケットを知りません。だから市場の側の人の話を聞いて勉強する。それは間違っているわけではありません。しかし、アナリストや投資銀行(今回の経済危機でその存在が危ぶまれていますが)のスペシャリストやファンドマネージャーや公認会計士や証券ジャーナリストといった市場側の人たちは、企業の内部でどのようにIRが「つくられているか」を知りません。彼らが日常使い慣れている金融・証券用語は、一般企業では一部の社員を除いてほとんど使われることがありません。初めてIRを担当する方が、そのような特殊な世界に身を置く講師の話を聞いても十分に理解できるはずがありません。
そんなことで私に講師の白羽の矢が立ったようです。企業のIR担当者が事例や体験を発表することはありましたが、企業の側に立ってIRの基本から教えるというのは、あまり例のないことでしょう。挑戦し甲斐があるとも言えます。
というわけで、せっかくのんびりしたのもつかの間、これからしばらく頭の中をIR一本にして、もう一度自分自身の中にIRを基礎から積み上げ直すつもりです。

涼しい顔で

CocoKnotsのオフィスの近くにあるうどん屋さん。讃岐風でなかなかおいしい。私の好みでもあります。しかし、あまり行きません。そのわけは店を仕切っている女性にあります。
繁盛店なので昼時は次から次にお客さんが入ってきます。一人客、二人連れ、グループといろいろ。それをカウンターと二階へ、空席を確認しながら適宜振り分けて行きます。注文を調理場に通します。お勘定もします。ときには調理場に入って自ら調理もします。とても忙しいのです。エライ。大したものです。それは大いに認めます。
しかし彼女、忙しすぎていつもフーフーハーハー言っています。より正確に言えば「フーフー」も「ハーハー」も言ってはいないのですが、そのような彼女の「気」が客の方に伝わってくるのです。それが私の居心地を悪くします。
友人に年季の入った落語好きがいます。彼は金髪の豚野郎こと春風亭小朝をあまり評価しません。噺のうまさは認めながらも、高座でいつも汗だくになっているのはよろしくない、と言います。噺に熱が入るのは結構だが、それを客に覚られるようでは芸が未熟だと言うのです。
一生懸命に取り組んでいる仕事に関しては、結果よりその懸命さを認めてもらおうという気持が無意識のうちに働いてしまうことがあります。これではプロフェショナルとは言えません。涼しい顔をして成果を出す。これこそ美学ですね。

電報の存在価値

久しぶりに電報を打ちました。自分で打ったのは何年ぶりでしょうか。電電公社に電話をかけた記憶がありますから、70年代のことだったかもしれません。その後、勤め先では、近くにいるスタッフに「ちょっと祝電打っておいて」などととズボラを決め込んでいたのです。
さて、改めて自分で打つとなると、どうやって打ったらよいのか。インターネットで調べたら、NTTのサイトから直接打てることがわかりました。D-MAILというんだそうです。これって、なんか変です。ネットでつながっている先ならメールで十分じゃないのかなあ。なんでネットからわざわざ電報を打たなくちゃならないんだ?と頭の隅で自問しながら、D-MAILにアクセスしました。
私が打とうとしていたのは祝電です。今回も初めは手紙で祝意を伝えようと考えたのですが、これが実に難しい。心を込めた言葉を書こうとするとさらに難しい。とくに相手が親しい友人ではなく、目上の方だったり、半分義理だったりすると、これはもう紋切り型の祝辞しか頭に浮かびません。しかし、かつてはコピーライターを名乗っていた人間です。紋切り型で済ますのは少々名誉にかかわります。これはメールにおいても同様です。
ところが、電報では例文と言うものが用意されています。ネットが発達する以前からあったと思いますが、これがとても便利なのです。電報なら、この例文を利用して堂々と紋切り型を使っても世の中は許してくださるのです(と信じております)。また、電報では、心を込めれば込めるほど料金が高くなりますから、長文電報は相手に無用な恐縮をされてしまう恐れがある。それではかえって失礼です(ずいぶん身勝手な論理ではありますが)。しかも、電文は伝統的に省略の美を尊びます。「一筆啓上火の用心お仙泣かすな馬肥やせ」を理想としております。 べたべたした「心のこもった文章」を練り上げないで済むというのは、電報の最大の美点ではないでしょうか。故に名誉が傷つくこともありません。
さて、D-MAILのサイトで作業開始です。指示に従ってあれこれ選択をして行けばよいのですが、最初が台紙の選択でした。画面に現れたのは全部花をあしらった豪華なもの。どれがよいやら判断がつかず、とりあえず一番初め置かれている「パールアイボリーの額の中に赤やピンクのバラとアジサイ等を敷き詰めたプリザーブドフラワー(一部造花)です。置いて飾る他、壁掛けとしてもご利用頂けます。」という台紙をクリック。それから電文の入力へと進みました。
そのとき、何か心をよぎる不穏なものを感じました。こういうときは早まっては行けません。思い直して台紙選択の画面に戻りました。そして気がつきました。一番最初に掲げられているのは一番高い台紙であることに。なんと20,000円です。アブないアブない。
よく見れば一番最後に目立たないように0円の普通の台紙も掲載されていたのですが、そのときは気がつかず、3,000円の多少しゃれた台紙に変更して事なきを得ました。
以前、電報の廃止が議論されたことがありました。どういう理由で生き残ったのか忘れてしまいましたが、電報には上記の「紋切り型が通用する」という美点のほかに、受け取った方に「わざわざ電報を」というワザワザ感を喚起させるという美点もあります。義理の世界では電報はいまだに存在価値があることを再認識いたしました。サイトから電報を打つというおかしな行為にも一定の意味があるんですね。
しかし、NTTの策略にひっかかって20,000円の台紙で発信してしまった人も多いんじゃないかなあ。

さも

麻生首相の漢字を読む能力が話題になっています。「未曾有」を「みぞうゆう」、「頻繁」を「はんざつ」、「有無」を「ゆうむ」、「完遂」を「かんつい」等々。
これほど実例が出てくると教養を疑われても反論しにくいでしょうが、誰でも間違って覚えている言葉の一つや二つはあるものです。
私の場合です。
「最も」を「もっとも」と読まずに「さも」と読んでおりました。最も早い」は「さもはやい」、「最も小さい」は「さもちいさい」です。「最」という漢字の音が「サイ」であることに影響されたのかもしれません。それで通っていたのだから不思議です。おっと、これは高校1年までの話で、いまはちゃんと修正されておりますのでご安心ください。
間違いに気づいたきっかけは英語の授業でした。最大級の単語が使われているセンテンスの和訳を命ぜられて「さも」と訳してしまいした。「『さも』とはなんですか?」と怪訝な顔で質問した英語教師のメガネ越しの目をいまも覚えています。しかし私は「さも」と読むものだと信じ込んでいましたから、その指摘をとっさに理解することが出来ませんでした。
社会人になっても誤読していたのが「施錠」です。すいません、「せんじょう」と読んでおりました。これは「施」と「旋」の読み違いです。これも誤解のないように申し上げておけば、すでに完治いたしております。が、間違いに気ついたのは40歳を過ぎてからでした。
首相の読み違いに同情はいたしませんが、さりとて青筋立てて批判する気持にもなれないのは、きっとこのような私の過去によるものでしょう。

認識における環境の影響について

先日、都内某所にてトイレに駆け込みました。ドアを開けた瞬間、目に飛び込んできたのが奥の棚に積まれた予備のトイレットペーパーです。筆文字で大きく一字「褌」。
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さて用を足し、落ち着いてよくよく見れば、これは「褌」ではなく「輝」ではありませんか。
トイレだから「褌」と思ったのは大勘違い。人間って、やはり環境に支配されるものなんですねえ。
しかし、なんでトイレットペーパーが「輝」なんだろう。負け惜しみとともに釈然としない思いで、トイレを後にした私でありました。

今朝の都営地下鉄新宿線にて

何気なく額面広告を眺めていたら、「ヤミ金融に手を出してはいけない」というご注意の広告が目に入りました。
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他人事ではなくご注意が身に沁みました(借りてませんよ、借りてません!)が、「『おかしいな』と思ったら相談してください」というその担当窓口を見てびっくり。「東京都産業労働局金融部貸金業対策課」。イチニイサンシイと数えたら17文字ありました。 そういう名前の部署なんだから、仕方がないと言えば仕方がないのでしょうけど、なんとかならないものですかね。
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そうなると、「厚生労働省職業安定局○○労働局公共職業安定所」の22文字を「ハローワーク」にしたのは、なかなかの英断に思えてきます。あそこも名前だけで、中味は極めてお役所的なところではありますが・・・。
世の中不景気なもので、話題がついついこのような方向に向かってしまいます。がんばらなくっちゃ。

昭和10年生まれということ

昨日、筑紫哲也さんの訃報に接しました。日経はお座なりだったけれど、他紙の朝刊には、その死を悼む記事が大きく掲載されています。
リベラルという一言で片付けてしまってはいけないのでしょうが、いまの日本の風潮の中で珍しくレフトの守りについていた人、それでいながら大きな影響力を維持していたジャーナリストだったと思います。
筑紫さんは昭和10年生まれ。ということは終戦時には10歳です。小学校(当時は国民学校)で小国民として忠君愛国の教育を受けていたのに、敗戦によって平和国家日本と180度価値観が変わった体験をしている世代です。それまで使ってきた教科書に墨を塗るという経験もしたでしょう。
いま、その世代の人たちの中に、戦前の価値観を声高に懐かしんだり評価する人たちが少なくありません。
本土で育った昭和10年生まれの人たちの中には、空襲から逃げ回ったりご家族を亡くされたりした方もおられると思いますが、本当の戦争、つまり戦地へ赴いたり戦闘を体験したりするには年が足りませんでした。銃後で美化された軍国教育を受けていたはずです。教科書に墨を塗らされたとしても、それまでに醸成されてきた価値観を否定するだけの理性を持つにも少し幼過ぎました。それがいまになって、戦前の価値観への素朴な美化につながっているような気がしてなりません。
昭和10年生まれには現在の日本経団連会長や前日銀総裁など、財界や経済界でいまだに活躍されておられる方々が多数おられます。そして、筑紫哲也さんもその世代の一人だったことに、ある種の感慨を覚えます。
孤高のレフト、という表現が筑紫さんにはふさわしい。それは少々さびしくもあり恐ろしくもあるのですが。

ABC現象

私の年齢に平行するように、友人たちも歳を取って行きます(当たり前だけど)。
その過程で、何人かの友人が同じような変化を見せ始めました。頭の上の毛のことでもお肌のシワのことでもありません。
その一人、Aさんの場合。
居酒屋に仲間たちが集合すると、まだ中ジョッキが来ないうちからAさんは自分の近況を話し始めます。先週の土曜日には××(中味を書くと誰なのかバレてしまうので伏せ字とします)があって、××をした。火曜日には××へ出張して、××へ行って、××を見て面白かったなあ。それから××さんと会ったら××だって・・・これが止まらない。2杯目の中ジョッキからお酒に切り替わってもまだ止まりません。オッと10時か、明日が早いから今日はこれで。5,000円置いて行けば間に合うかなあ。お釣りはいりません。じゃ、失礼。と、そそくさと帰ってしまいます。
嵐が過ぎ去り、Aさんを前にしゃべる機会が得られなかった友人たちは、改めてお互いの近況を語り合うことになりますが、すぐに終電が心配になって、お互い物足りない思いを抱きつつ解散することになります。
Aさんも、昔はこうではありませんでした。どちらかと言えば控えめで、他人の話もよく聞く人でした。会社での地位も上がり、管理的な立場になったことが多少は作用しているのかもしれませんが、一種の老化現象とも考えられます。残り少ない人生の時間を有効に使って自分の存在をアピールしなくては、という本能が働いているようにも思えます。
こういう変化を見せる人がAさんばかりでなく、Bさん、Cさんと存在するから怖い。対照的に私は聞き役に回ることが多くなっていますが、ときには私も無自覚にABC現象を示しているかもしれません。実はこの方がもっと怖い。老けるほど頭を垂れる稲穂かな。

確信犯

朝、半蔵門駅の階段で、前を行くご婦人に目が止まりました。このご婦人、渋いお着物をお召しになっているのですが、その背中にアディダスのデイパックを背負っています。和服にデイパック。明らかにミスマッチですが、デイパックの色をコートの色にぴたり合わせています。「確信犯」なんですね。これはよい被写体を見つけたと、地上に出てからご婦人をやり過ごして、カメラを向けました。
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シャッターを切ろうとしたら、カメラの設定ダイヤルがずれていました。慌てて直している間に、ご婦人はスタスタと歩み去り、残念ながら失敗作となりました。
このところ常にデジカメを持ち歩いて、シャッターチャンスを狙っているのですが、なかなかよい場面に出会いません。
先日は路地を歩いていたら、庭でお嫁さんがお舅さんの頭を刈っているところに出くわしました。近頃珍しいとてもよい光景でしたが、ついにシャッターを切る勇気が出ませんでした。肖像権に注意しなければならない昨今、ヘタクソなアマチュアカメラマンに撮影のお許しをいただけるかどうか自信が持てませんでした。そんなこんなであきらめたんですが、後の後悔先に立たず。とっても残念でした。